選歌その26

  • 2014.11.05 Wednesday
  • 18:06
026:応(TrackBack数1〜88)

■応接間のソファーにふかくしづみこみこどものままでだれもゐられぬ(ほしさん)

 上下の句に関連性がまるでないようでうまく説明できないんだけれど、確かにそうだなあと頷かせる謎の引力のある歌だと思います。ソファーに深く沈みこむという所作は、たとえばひどく疲弊している時、たとえばとても眠気を催している時、たとえばいたく考え事をしている時、たとえば無垢なる気持を持ち合わせている時、様々な気の表れを感じます。この歌ではその全てが当てはまるように思います。大人になって、社会に出て、人付き合いがどうだとか、体裁がどうだとか、思うところが色々と増えてきた。もしかすれば何か悩み事を抱え持っているかしれない主体は、客人をもてなすための部屋でひとり、幼さに還りたいという希求を持て余しては「こどものままでだれもゐられぬ」と理解しているのでしょう。応接間のソファーとは、そうした主体の複雑な気持の象徴のように思います。

■風鈴が風に応える すなおだけで生きていくのは難しかった(白亜さん)

 風がそよぎ、風鈴がそれに応えるようにちりんと鳴る。成程すなおな景だと、一読はっとさせられ、下句(特に過去形の結句)に胸を刺されました。一字あけの時間的な間が効いていて、三句以降の独白に余白を与え、それがまた結句の過去形と呼応している。すなおだけで生きてゆけたのは幼少の頃まで、大人になるにつれ、それだけではやりきれない事に気づいてゆく。時には他人を蹴落とす狡さも必要だったかしれない。強がって、自分の心に嘘をついて、本当にたいせつなものを見失っていたかしれない。それは確かに哀しい事です。「難しかった」とあるので、ある程度の齢を経て、達観した視座で自らを見つめなおしているのでしょう。そこには、かつての青さを愛してあげられる強さと、実感と、すこしのさびしみがあるように思います。詩的飛躍の距離が丁度良い塩梅で、響きました。

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  • 2018.05.08 Tuesday
  • 18:06
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